2013年6月5日水曜日

福母家庭教会の6月04日のつぶやき!みなさんの幸せを祈ります。


@nandaronande
みなさん、ありがとう五歳ざいます。
すいません。これは、私の感字です。
このありがとう五歳ざいます。を書いたのは、神様です。何故か?
ありがとうございます。
と書くつもりが、この文字に!
神様は、ネットの世界にもいます。
体験されている方も多いと感じます。
遊びの神様です。

posted at 09:37:20
@nandaronande
天宙大革命です。
神様と真の父母様に感謝します。
喜んでいるところに、神様は、来ます。
天運・天福も共にあります。
神様は、心で、感じて下さい。
神様を学び、心で感じる!

ハッピー!ラッキー!元気!
*\(^o^)/*

posted at 09:42:01

2013年6月2日日曜日

013年05月26日(日)のツイッターでのつぶやき!福毋家庭教会


source

@nandaronande
んー、惜しい!外れた!外れたね!でも引きずらない!切り替えていこう!準備はいいか? 中身のある人間だって言われてますか?岩魚はなあ余計な味付けいらねえんだよ。ダシがついてんだよ。岩魚見習っていけよ。
Retweeted by 福毋家庭教会
retweeted at 17:35:33
@nandaronande
悔やむ事も当然。やりきれぬ思いも当然。失ったものは大きく、得たものはない…だがこれは前進である!戦った相手が誰であろうとも、戦いは起こり、今終わったのだ!!過去を無きものになど、誰にもできはしない!この戦争の上に立ち!!!生きてみせよ!
Retweeted by 福毋家庭教会
retweeted at 17:37:43
@nandaronande
사명(使命)
主様が一人で行かれたその道私もついて行きます  すべての世界人類を抱かれたその道を私も行きます
険しい山も私は大丈夫です 海の果てでも私は大丈夫です 死んでいく彼らのために、私を捨ててください
…… 


posted at 18:22:08

2013年5月24日金曜日

神霊と真理で生まれ変わるのは、 "私"から始めなければなりません。天地人真の父母様のみ言


「神霊と真理で生まれ変わるのは、
"私"から始めなければなりません。
心と体が一つになるという事は、
感謝の心が必要という事です。
"私"がみ旨の道を行くことに感謝、
健康で歩む事ができることに感謝の心が必要です。
その心がなければ成長する事ができません。
それが神様の愛です」
真のお母様のみ言

家庭の原動力は真の愛です。
私よりも神様を、そして対象を命のように愛する純枠で美しい愛、これが真の愛です。
神様はこの宇宙に、真の愛の力よりも大きい力は創造されませんでした。
真の愛は、神様の愛です。
(219-118,1991.8.28)
文鮮明先生のみ言・真の神様より

2013年5月20日月曜日

み言 真の父母より 一、真の父母とは


一、真の父母とは
一)真の父母という言葉の意味
我々統一教会員たちが平素使う言葉のうち、「真の父母」という言葉があります。その言葉は簡単な言葉ですが、その内容は実に驚くべきことです。歴史以来、どんな図書館にもありません。真の父母という言葉は、最も易しい言葉ですが、その言葉は我々だけが持っている言葉であり、我々だけが使う言葉です。
皆さん、考えてみなさい。キリスト教が二千年の歴史を経てきながら、人類の先祖が堕落したとしたら堕落した父母は偽りの父母、悪い父母で、堕落しない父母は善の父母であり、真の父母ということがいっぺんに分かるのに、それを今まで発表できなかったのです。それは、発表できる、この時を待ってきたのです。
過去の歴史時代に、真の父母ということを考えた人がいるかもしれませんが、その背後がどうだということまでは解く道理がなかったのです。統一教会の膨大な原理の全体の内容を備えずしては、それを確実に解けないので、誰も簡単に真の父母という言葉を言うことができませんでした。原理のみ言、あるいは、我々が知っている統一教会の歴史観、また、人類の本然的な根源に対する事実を明らかにしたということは、驚くべき事実です。
真の父母という言葉を確実に知ることによって、何が分かるでしょうか? 我々人類の始祖の堕落が不倫な関係によってなされ、神様と関係ない、創造理想を立てようとした真なる父母と関係ない、血統的な因縁を残したということです。すなわち、過った血筋を受け継ぐようになったということです。
それゆえ、真の父母という言葉は、人類始祖から歴史的にすべての人間が過った血統の中に生きることを清算してしまい、神様を中心として、新しい本然的な根を中心とした、愛と生命と血統がつながるという意味を中心として言う言葉です。これは本当に驚くべき言葉です。(二〇一�六〇)
神様に感謝します。
ありがとうございます。